100年以上続く煎餅店 「伝統を守り、つないでいきたい」

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1924(大正13)年に創業した米菓店「清水屋せんべい店」。三代目神谷賢さんが代表を務める。

染物店から煎餅店へ

染物店で生まれ育った故・神谷朝五郎さんは、東京にある煎餅生地を製造する店で丁稚奉公したことから、家業を継ぐのではなく、そこで得た知識や経験を生かし「清水屋せんべい店」を創業した。三代目の神谷賢さんは「昔は草加や越谷に染物店が多かった。時代が移り変わり、事業継承できず閉店する店や工場が増えたり、作業環境上の制約が増えたりするなど、染物業界を取り巻く状況が変化し始めた時、祖父は煎餅に未来を見出したのだと思う」と話す。

サラリーマンから煎餅店の代目に

三代目の神谷さんはサラリーマンとして静岡県で働いていたが、セカンドキャリアを考えて家業を継ぐことにした。「今は人生100年時代。父から直接学ぶこともできるので、地元に戻り店を継ぐことを決めた」と話す。越谷市内の米菓店が減っていることも知り、自分が伝統をつないでいくことで煎餅業界やまちへの恩返しもできるのではとも考えたという。

生地から作り、1枚1枚手で焼く煎餅

手作りの煎餅生地は越谷の農家から仕入れたうるち米と水のみで作る。精米した白米を製粉して米粉にし、熱湯を加えて団子状に練り固め、握り拳ほどの大きさに分ける。その後せいろで蒸し、餅つきしてから伸ばして円形にする。6~7時間かけて乾燥させ、500~600度にもなる備長炭を使って1枚1枚手で焼く。生地の状態を見ながら火箸(ひばし)でつかみ、何度もひっくり返して芯まで熱を入れ、小麦色に焼く。神谷さんは「生地は湿度や温度などの影響を受ける。生地や備長炭の火の状態を見極め、焼き加減、焼く位置などを変えている。50年焼き続けている父は、天候が悪いなど生地を焼く条件が良くなくても、おいしい煎餅を作り出すことができる。私はまだまだかなわない」と話す。

味付けは創業当初から守り続けるしょうゆだれ

商品は、生地そのままの煎餅と青のりを練り込んだ煎餅があり、味付けはしょうゆだれのみ。1枚1枚焼いた後、しょうゆだれをつけて3時間ほど乾燥させると出来上がる。客から希望があれば、片面のみの味付け、味付けなしも作る。神谷さんは「たれは創業当初から100年以上守り続けている味。生地の熱を冷ましからしょうゆだれを塗ることで、米特有の甘みとしょうゆだれの塩味の絶妙なバランスが味わえる煎餅になる」と話す。

認知度を高める取り組み

近年、若年層の煎餅の認知度が低くなっている。神谷さんは「核家族化してきて、昔のように自宅のテーブルに煎餅がない。親の世代が煎餅を食べないと子どもも食べなくなる」と話す。危機感を持った神谷さんは、認知度を高めるためにさまざまな活動をしている。地域のイベントに出店して、煎餅を焼く実演をしたり、工房に小学校や団体を招いて自作のパネルや動画を使い、作る工程を伝えたりしている。「イベントで煎餅を焼いていると、作る工程だけではなく、どれほど手間がかかっているのかも分かってもらいやすい。スーパーなどに並ぶ量産された煎餅よりも価格が高い理由を理解してくれる人もいる。中には煎餅の堅さに驚く人もいる」と話す。

伝統をつなげる使命感

「煎餅業界を残していかなければという使命感がある。襷(たすき)をつないでいきたい」と神谷さん。後継者が見つからず閉店する同業者が後を立たず、止まらない業界の衰退を目の当たりにして、新たな策を考えている。製造業や生産業を退職した人たちを中心に、「自分で商売がしたい」「手に職を付けたい」などセカンドキャリアを考えている人に、煎餅に興味を持ってもらったり、一歩踏み出すきっかけになったりするような、煎餅作り体験の場を提供するというもの。また、煎餅だけではなく、米を使った若年層が手に取りやすい甘い洋風菓子の製品化も進めている。「もう一つ軸になる商品を作り、裾野を広げていけたら」と意欲を見せる。

概要

清水屋せんべい店

〒343-0813 埼玉県越谷市越ヶ谷3-6-6
TEL 048-962-7850

https://shimizuya-senbei.com/
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